| 喜多幡龍次郎さんを悼む (2006/12/12) | ||
今週の日曜日(10日)に葬儀があった旧知の喜多幡龍次郎さん(享年91歳)には、この10年間私の政治活動を温かく支えていただいた。 お知り合いになったのはもう20年も前だろうか、西淀川区の西端、淀川と神崎川が大阪湾に流れ込む通称「矢倉海岸」を親水性の自然海浜にしようという『区民の海岸造り』運動への協力要請でお逢いした。 現地での組合主催の環境フェスティバルの開催、「ハゼ釣り大会」や「チヌノの放流」などのイベントに参加しながら、大阪市行政への仲介の労もとった。91年に基本合意があり、2000年に国の全額出資の事業として2.4ヘクタールの矢倉緑地公園が完成した。喜多幡さんを中心にした実に20年に及ぶ市民運動の成果であった。まだ交通アクセスに問題が残っているが、『淀の大放水路』の完成と下水処理場の移転が行われれば、大阪市内唯一のさらに大きな自然海岸が誕生することになる。 喜多幡さんの市民運動は筋金入り、70年から10年間かけて完成させた大野川緑陰道路もその成果だ。異臭放つどぶ川だった大野川を埋め立てて高速道路を建設しようとする大阪市に対し「大野川筋緑地化推進委員会」を結成し、2万人余の賛同署名を力に、2年間30回に及ぶ交渉によって計画を根本的に変更させた。 今もたくさんに人達が散歩・ジョギング・サイクリングに集い、子どもたちの安全な通学路としても利用されている。公害の町と言われた西淀川区でJR東海道線から淀川河口まで続く緑地帯を形成しており、その後緑陰道路を含めて完成した「なにわ自転車道」につながっている。このように市民運動家としての立派な一生であった。 社会党員(現社民党員)であったが、私には党を超えた支援をいただき、5区では何としても稲見君を当選させねばといつも気を使っていただいていた。今は中断を余儀なくされているが「よみがえれ!神崎川フェスティバル」を提起され、実行委員長に私を推挙いただいたのも氏の配慮だった。 落選中のご逝去はとてもさびしいものがある。何としても氏の志を受け継ぎ、国政復帰を果たさねばならない。合掌 |
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