| 大阪市長選挙5区選対本部の経過と総括 (2007/12/07) | ||
【総括的視点】 (1)大阪市長選挙については、11月4日告示、18日投・開票の日程で行われました。現職を含む有力4候補が立候補しましたが、民主党・国民新党推薦、社民党支持の平松邦夫さんが36万7058票を獲得し、現職候補に5万票近く引き離して見事初当選を果たしました。 (2)今回の選挙は、民主党としての候補者擁立が遅れ、府連の推薦決定と出馬表明からちょうど一ヶ月で投票日を迎える短期決戦になりました。しかし、参議院選挙から続く民主党への期待、平松邦夫さんの知名度と清新なイメージ、44年間助役から市長が当選してきた現市政への倦怠感、現職が高齢であったことなど様々な要素と、連合大阪・平松邦夫後援会・民主党が一体となって闘い抜いたことで見事な勝利を収めることが出来ました。 (3)投票率が43.61%と20年ぶりに4割を超え、1971年中馬市長の死去に伴い「市長単独選挙」になって以来最高を記録しました。民主党は、政令市首長以上は“政権与党と相乗りしない”原則を掲げていましたが、民主党と政策が近い独自候補を擁立して有権者に選択肢を提供することが如何に大切かという教訓を残しました。 (4)出直し市長選挙以来の2年間の大阪市政は文字通り『ミニ小泉改革』でした。参議院選挙でこれにNOを突きつけた市内210万有権者、36万票の支持に民主党は応える責任があり、大阪では市長選挙の勝利なくして次の解散総選挙はないと位置づけました。 この間の停滞した市政、その象徴であった低投票率が打ち破られたことが、今後の市政改革を加速していく第一歩と評価できます。また、福田内閣発足後初めての政令市長選挙で自公推薦の現職候補を破った意義は大きいものがあります。 【5区選対本部の態勢】 5区においては、民主党の推薦決定(10月18日)を受け、翌週22日には選対実務者会議を開催し、27日の民主党・連合大阪・平松邦夫後援会三者による「総合選対」結成を待って、29日には「5区総合選対」を結成することが出来ました。総合選対からの要請で本部長には大阪市会議員が当たることになり、大阪市内どこよりも早く活動を出発させることが出来ました。 (5区選対本部態勢 略) 【5区における経過】 (1)告示日までの活動としては、議員事務所による「2連ポスター」の貼り出し、連日の早朝街頭演説・6回の夕刻街頭演説(一斉行動日を含む)、総合選対による全戸配布に加えて5区独自の全戸配布、平松予定候補と共に東淀川区・淀川区の桃太郎行動など積極的に取り組みました。また、事前のサタデー・サンデーのスポット演説、府連提供のテープで独自の街宣車運行も行いました。 (2)告示当日は、議員事務所や応援団体の協力で公営掲示板ポスターと確認団体ポスターを貼り出しました。 (3)個人演説会は、各市会議員が一ヶ所という総合選対の要請(5ヶ所)を5区全体で受け止め、東淀川区で事前を含む2ヶ所、淀川区・西淀川区・此花区で一ヶ所ずつ実施しました。 11月 3日(祝)午後8時〜 小松幼稚園(東淀川区) 11月 5日(月)午後7時〜 柏里会館(西淀川区) 11月 8日(木)午後7時〜 神津小学校(淀川区) 11月10日(土)午後8時〜 西九条小学校(此花区) 11月11日(日)午後7時〜 新庄小学校 (4)選挙カー・政連車の運行については、議員・議員事務所の協力で先導を含め延46時間受け入れるとともに、平松候補・応援弁士が5区内に入った場合はきめ細かな対応が求められ、スポット演説・桃太郎などを実施しました。 (5)早朝夕刻の街頭宣伝について、3回の一斉行動日を早朝2回、夕刻1回、各5ヶ所で行うとともに、連日早朝ビラ配り行動を実施しました。サタデー・サンデーの特別行動については、4行政区一回ずつ桃太郎行動を実施しました。 (6)推薦はがきについてはそれぞれの事務所で対応し、電話戦術についても大幅に超過達成することが出来ました。 【5区選対の解散】 大阪市長選挙5区選対本部については解散します。しかし、1月10日には大阪府知事選挙が告示されます。民主党・連合は「太田知事を推薦しない」方向を確認し、本日時点で候補者が未定の状況です。また、臨時国会の会期末(12月15日)を目前に、再延長して越年すれば「1月解散、2月総選挙」の可能性も濃くなってきます。大阪市長選挙の総括と教訓を基本に、引き続き5区内での活動強化が求められていることを全体の意思確認としたいと考えます。 |
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