十三の街をこよなく愛する根尾さんに、現在の十三における問題点、また、将来に向けての夢構想をお話いただきました。

十三のまちから・・・  根尾 靖成

 
         


 街を良くするためには、やはり政治、そして政治家に動いて頂かないと……。これは以前から思っていた事です。地域を良くするためには党派を超えて、街を大きく改変する為には、その様な人達が動いて頂かないと、なかなか前進しません。この地域から、そういう人が出ていただきたいと思っているのは、やはり、この地の人達だと思うのです。


 十三は、地盤沈下をしていると皆さんが言っています。東西線が出来たからと言う理由も大きいのですが、街全体がバラバラで、活力と熱意を持って引っぱって行く、リーダーの不在が大きいのです。最近、特に歓楽界の人達が、サービスを競い合いながら、ものすごい勢いで増加してきています。十三は元々歓楽街が「十三の姉ちゃん」と言う言葉で有名なり、土地のイメージが出来上がってしまいました。しかしそれだけではいけないと言う事で、栄町の電柱の地下埋設やカラー舗装、フレンドリー商店街、本町商店街のアーケード、カラー舗装等、明るい街づくりと、話題性、団結力のある祭等を実施してゆき、良くなって行ったんですが、しかし又現在は逆行して参りました。といいますのは、大変難しい阪急十三駅の高架化や、本一商店街の駅前ターミナル、ビル等の再開発が進まないと言う現実から、現在の十三駅前を非効率の状態のままとなり、十三の顔である駅前が、大変きたない点にあるのだと思いますが。
 梅田では、茶屋町が再開発され、若者の街として活気が出て、大きな町となってきていますし、旧大鉄局の所も駅前ビルがつくられています。天神橋筋商店街も最近活気づいてきました。知り合いに尋ねましたところ、その秘訣は、商売人が商売しに来るだけでなく、そこに住んで生活している事にあるらしいのです。少しづつですが、都市中心部に人が戻って来ているのです。一時、天神橋筋商店街が廃れていたが、この商店街を地の人達が良くしようとしないかぎり、誰が良くするんだとの責任感と使命感が、彼らをその気にさせたのだと思います。
 現在十三は、地の人達がよそから来る業者達に店舗を貸し、家賃収入を得るというスタイルが多くなって来ました。そして十三西側淀川通り沿いは店舗でなく、やたら空地の様なモータープール業が多く、風景としてはとても寂しい感じです。今のところ、観光バスやエアポート、リムジンバス等は、梅田駅前ホテル界隈から出発しています。これは私の個人的な考えですが、十三は中島から高速に入れば関空に三十分、新大阪駅、伊丹空港、阪急電車は十三から三線に分かれ、神戸、宝塚、京都へと、立地的に本当に良いと思います。長距離バス等の出発地に出来れば、よりこの街が発達するだろうと思いますネ。
西口側で言えば、駅前の中心となる一角が現在は銀行ばかりです。周知の通り、銀行は平日九時から三時までの時間帯が顔の見える窓口営業ですが、平日でもそれ以外の時間帯、土日祝はシャッターが降りて暗くなっています。それでは市民の皆さんに、違法駐輪をしろと言っているようなものです。確かに銀行は大事であります。しかしそれは一階でなくとも、地下や二階やそれ以上の階であってもいいものではないでしょうか。やはり、路面には顔の見えるお付き合いの出来るお店を置くべきです。
ただ現状では、駐輪設備も常に悪くて、しかも平面しか使われていない駅近辺、駐輪場は駅から少し遠いのと、しかも有料。人間というのはルーズですから、只のそれも近い所に止めるし、いくら百円、二百円といった世界でも、払うのは面倒臭いしもったいないと思いますからネ。  現在、月に五回、自転車撤去をしていますがなかなか減りません。昼間に近辺のお母さん達が、十三にパッと自転車を置いて、阪急電車に乗って梅田等に行かれるのでしょう。街をきれいに使うということ、人が生活するのに便利な街にすると言うことを良く考えていかなければなりません、その為に、小さい事ですが、違法駐輪の撤去、商店のノボリや看板の撤去をねばり強く続けています。また国道一七六号の側道の歩道を拡幅し、カラー舗装して車道と柵で分離して、少しは駐輪しても障害者の車椅子が通れ、歩きやすい道作りと、車の駐停車のない、明るい駅前ロータリーになります様、要望として出して参り、まもなく東側は実現しますヨ。しかし、電柱などの地下への埋設など、美観や通行の事等を考えると、歩道の拡幅と同時に電柱をなくする事が大切だと思います。
それにしましても、街づくりの大局的からの見地マスタープランがない、行政のやる事はバラバラです。
 これも私個人の考えですが、十三本一商店街も思い切って空地にぐらいになれば、駅前ターミナルが大きく取れ、そこからバスが出発するのであれば、梅田からの人達が、こちらに来ますわな!そういう大きな心とプランから改革出来ればいいのになあ…!と思いますけれど、今後、手付かずのままでどんどんと風俗営業ばかりが増えて行くんでしょうかね!しかしこれも、大きな私の夢です。
ダイエーが昔、消費者保護という名のもとに、商品を大量に仕入れて安価に販売するという戦略に出ました。そして次々と大型スーパーマーケットが誕生し増えて参り、これではこれに対抗すべく我々個人商店は、どうやって生き残れは良いのでしょうか。商店街の衰退化に繋がります。又消費者のブランド志向化が目立ち、小さな個人商店でもブランド物を仕入れたいと考えますが、最近メーカーは小売店に卸さなくなり、そのまま直接消費者に販売しようとする傾向にありますヨネ。消費者は遠くからでも、全商品が揃います直営店に足を運び、定価格で買っていくのです。そこで私達の様な、小さな個人商店では、大型店舗には出来ない、付加価値を武器にしなくてはなりません。商品が壊れたら修理をする、顔の見えるお付き合い、その中で会話を楽しむ、商品をならべているだけでない、店と消費者、あるいは生活者同士の?がりを持って、商品を通して人がつながり、物の大切さや、有難味を理解して頂けるよう、私達はここに生きているんだという事を、個人商店も消費者も同じ生活者同士として日々の生活の中で感じる事が出来る社会になればと思いますネ。
そう言う意味で、「つばめ通り」の「淀川ネイチャークラブ」のような文化的知識人達が動いて来ているのでしょう…。
歴史的、地理的には十三には、ミード社会観、博愛社等、キリスト教関係の文化的な取り組みがありましたし、古くは西国街道の重要地点、そして阪急電車の三線の分岐点として重要なところであります。そういうことで十三は文化的、文教地域だと皆さんが言っているんです。
でも北野高校の生徒は、電車で通って来ていて、只ただ通過をしているだけ、特に文化的な地域であると思っている訳ではありません。北野高校卒業生の中には有名な人達が沢山おられる訳ですが、その人達が何か行事をする場合、都心部のホテル等を利用して催し物をやるわけで、彼らは十三に在席していたとのイメージを全く持ち合わせていないのではないでしょうか…!私達はただ十三に北野高校があったのではとの感じがします。
十三公園にはナイター設備のある野球が出来るグランドがありますが、ほとんど利用されていないんですヨ。武田薬品や郵政の体育館がありますが、区民には開放されていませんし、区民センターもありますが使い難いのです。是非とも文化的活動が出来るところや、若者達が集まれる施設が必要なのです。半ドーム型のコンサートが出来るステージのようなものを作り、多目的に利用すれば、人も集まり文化も育つと思うんですが。
 どんとこい祭から始まって、花火大会も実に大きくなったものです。あれだけ大きくなってしまいますと、十三にこだわらず、寄付金だって観光客から五十円〜百円でも取れないものでしょうかネ!三百六十五日の一日だけ、花火を見に来る人達で十三はごったがえすのに、残り三百六十四日はとても静かですヨネ。十三にこだわらずに、花火をもっと高層ビルの屋上のような、高い位置から打ち上げて、淀川ぞいの広い範囲から一人でも多くの人達が花火を楽しめる事が出来るようにした方がいいのではないかと思いますが、しかし、実際する側からしてみたら問題もあり、大変なことでしょうがネ。
 どれもこれも、今すぐには実現する事は難しいですが、いろいろな場所で提案をしたり、要請したりする事で、近い将来実現する日がやって来るかもしれません。十三はいろんな意味で、とても可能性を持っている地域で、それが有効に使われていませんのが只ただ残念です。ここに住む人達皆さんが、地元に目を向け、地元を愛し、考え、行動してゆけば、十三はきっと豊かな街となりますでしょう。


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第2回 十三のまちからT 根尾 靖成(十三本一商店会会長)
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